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編集部さん の質問

2007/09/12 08:32 PM

脱「ゆとり教育」で授業増。あなたのご意見は?

2008/08/20 02:51 AM Q-taroさん の回答(コメント)

Q-taro さんの仕事白書
( [その他(IT・ネット・通信)]セールスエンジニア )

書き込み総数:5

かなり根っこの深い問題ですね。

一つ考えてみましょう。出入口という言葉があります。皆さん誰でも使っているし、知っている言葉でしょう。でも、なぜ「出」「入」の、順番なんでしょうか?出入口は、主に特定の空間、電車・エレベーター・劇場などへ出入りする口のことですよね。「出」が先に立つのは優先されるべきが「出」であるからです。
電車やエレベーターへ乗り降りするとき、出入口を開けるようにと言われますよね。出なきゃ入りたい人が入れなくなるしぶつかるし、出る人の流れが落ち着いてから入る訳です。
常識問題ですね。

では、この常識の問題・言葉の定義を誰から教わりましたか?それとも教わってませんか?学校の先生でしょうか。家庭の両親など家族や周りの人々でしょうか。

昔はお父さんも比較的就業時間が短く、またお母さんもお家にいてそうしたことを教えてくれたり、または九九を覚えるのを手伝ってくれたりする余裕もありました。でも今は共働きしていたり、帰ってくるのが遅かったりと子供にこうした部分の教育を施しにくい家庭が増えているのではないでしょうか。また、その欠落した部分を学校の教師に求めたりされていないでしょうか。もっとエスカレートした要求を学校に出す親の存在もこの歳になると耳にします。
だからといって、お父さんに早く家に帰れ!お母さんは働かずに家にいろ!などという社会状況に無いこともまた確かでしょう。だからといって教師の方々にしてみれば、我々は学問の教育者であって両親ではないから限度もあるし、多数の子供を見なければいけないというようなジレンマもあるでしょう。もっと突っ込めば、周囲の大人が子供に注意しない、子供が注意されると親が切れるなどこうした点でも社会教育が進みにくいのかもしれません。

昨日今日始まった状況ではありません。そうした常識に欠けた大人達も多数存在しますし、そうした大人がよりこの状況をエスカレートさせたように感じます。「ゆとり」が必要なのは大人達の方ではないでしょうか。

いわゆる「ゆとり」教育世代といわれる人たちには、そのゆとり分を使った自分の時間、マンガを読んだりゲームをしたり運動したり遊んだりした時間を大切にして欲しいです。そこから学んだことという物が必ずあると思います。それを見つけ出して欲しいです。
そうすれば学ぶがごとくマンガを読んだり学ぶがごとくゲームをしたりすることがいつしか出来るはずです。さらにはマンガを読むがごとく、ゲームをするがごとく、学ぶということから楽しみを引き出すことへと繋がっていきます。これを拡大していけば、世代の強みにだって出来ちゃうんじゃないかな?

 

2008/09/03 11:30 PM jun600112さん の回答(コメント)

父親・母親(男)

書き込み総数:30

問題は、時間をどう掛けるかではなく中身なんでしょうね。学校も親も。

もともと「ゆとり教育」はなぜ導入しようと思ったのでしょう…。
学校や部活、塾など時間に追われる毎日、自分自身の時間や家族との時間をとるため?
逆にそこで何を学ぶか?その時間と内容、実態はどうだったのか?
立てた仮説に対し検証もせず、学力が低下したから「ゆとり教育」をやめる?
問題の本質が捉えられていないような気がしてなりません。

24時間はどんな人にも平等にあります。
その24時間をどう使うかはその人間であり、そこに使い方の価値が生まれます。この使い方をまず、教えること、ヒントを出すこと、一緒に考える事だと思います。そして1日の時間配分をお互いに確認する。人として目標を持って。

義務教育など学校で拘束される時間。これは行政がプログラムし現場と情報の共有をして時間と中身(質)を捉え、テストでの点数だけではなく人間的質や子が自分を管理できる能力をモニタリングできる様にして検証材料とする。

学校以外の時間。これは学校での勉学や学校社会、集団生活のルール以外の常識的な情報の共有が必要です。確かに学校だけの授業だけでは能力的な差や目標に対し不足分を補うための勉学が必要かもしれません。ただ、親が子に対し勉学にだけ時間を費やしてさえいれば良いと考える親がいる限り個性豊かな自分自身をコントロールできる人間にはならないでしょう。
親が子に伝えるメッセージ、親と子が情報を共有しなければいけない話題、時代とともに大切なものは必ずあります。
その時間をかけられるかどうかが一番の問題だと思います。

あとは自分の時間と睡眠。これは人間として尊重していれば当たり前に親が管理できる時間です。

行政も教育者も親も、子供としてではなく一人の人間として尊重し一緒に考えていく、お互いに問題の核心を捉え情報の共有ができる「心のゆとり」を作る事が大切なような気がします。

 

2008/09/14 07:51 PM 工業家系なMちゃんさん の回答(コメント)

中学生(女)

書き込み総数:2

増えても良いと思う。

でも、平日でそれはちょっと・・・。

昔は土日も授業があったからゆとりがあったけど、平日でつめるのは

よくない。

子どもたちの好きな教科が減っていくって言うのはチョット悲しい。

土日も作るって言うのは?

 

2008/09/25 11:01 PM 川田基和さん の回答(コメント)

その他(男)

書き込み総数:4

俺は17歳のゆとりだ、だか寧ろ必要なのは人間性や個性の上昇だと思うね。
授業を増やす増やさないやら…そんな事をしても、授業が楽か苦かの違いで量の違い。…本当に学びたい奴は何をしてでも学ぶ筈だろう?
俺はゆとりで同時に中卒だけど…ゆとり教育のせいで高校に上がれなかったとは思わない。
何故ならゆとりだとしても…本気で勉強をしていれば高校に上がれるだろうし、そこから突き進めば大学に行ける。
俺はやる気が無いからと同時に人が怖いから中卒になった、今は後悔しているね…大学まで頑張って精神や風習の分野の学者になれば良かった。
…もっとも、親がそれに行かせられるほどの金を持っていたとは思えないけどね(生活保護だし)。
作文を書くにしろ手紙を書くにしろ、本人の表現次第であり…言葉遣い次第だと思う。俺は言葉を書くのがとても下手だ。
結局ゆとりの方が学校側から勉強をさせる事が少ないだけであり…自分で式を作って遊んでみたり色々な事を考えれる時間が増えると言う 個性を高める教育だったのでは?とも思う。
知識が遅れようと遅れなかろうと、人には生き方がある…確かに専門分野は大学や専門や学校に行かねばならないけどね…。
高位の学校はそれ相応の努力をした人間で…それ相応の資金を持っている人間が行けるのだと思う。
常識知らずと俺はよく言われるが、そう言う人間の中にも常識を知らない人間はいて…全の内の一部が不快と感じる行為をしている人間もいる。
世間知らずと言う言葉もあるが、あれは中々に冷たいものだなと思う。

ストレスが溜まる事により、悪い事をする子も居るとは思うな。
俺はされていたし、奪われもした。そして今は俺は悪い人間だ。

基礎的な学習を増やすのは良いとは思えない。
…やらん奴は今は正直やらんだろうしね。
結局長引いてその人独自の芸術と独特の芸術性が出来る事を阻害してしまう気がする。
同時に学校の時間を増やすならば…
まず子供への精神的な苦痛があるかどうか?
家に帰宅した時の疲労感はどれ程のものなのか?
後に行う家事の手伝い等で消費する体力はどれ程か?
家庭での精神的苦痛はどれ程のものか? と言う事を調べるのが必要なきが
…宿題とかの時間もねー

 

2008/09/28 01:17 PM ナノさん の回答(コメント)

高校生(男)

書き込み総数:1

基本的には反対です。

私はゆとり教育にしたから日本の学力が低下したとは思いません。要は教師の実力だと思います。実力さえあればほんのちょっと時間を削られたぐらいではこんなにも落ちないはずです。教師自体の能力の低下、まずこれがあげられます。

次にもし授業増、時間増するのであれば、何に時間を費やすか。これはかなり重要だと思われます。ちなみに私は数学の授業を増やすのは反対しませんが、国語の授業増はどうかなと思います。

何故か。それはみなさんが小中学校の授業を受けていたのでおわかりとは思いますが、あの教師が教科書を読んで、ここはどうとかっていう解説・・・あまり良いとは思いません。国語の授業の本質的改革を私は望みます。

 

2008/10/11 08:26 PM 青海坊主さん の回答(コメント)

その他(男)

書き込み総数:7

そうですね・・。とても根っこの深い問題。人が国家の礎ですから教育問題は大げさでなく我々人類が生き残るための鍵の一つですね。

元々これは「詰め込み教育」により「頭でっかちの人」が育てられてしまった(と考えられている)という反省からいわゆる逆方向へ軌道修正するために考えられた政策です。
私もかねてから「高校以上での勉強は学者のする物である」と考えていました。したい人や本当に向いている人も常に確かな人数存在するしそういった人々もまた人類の発展に重要。しかしやりたい人に道の一つとして用意して、制度として、選択肢として平等に各職業へ直接結びつく技術、知識を国が・・。多様な教育と実践力こそ最重要。高等教育で最低限の学力、児童教育には「常識力」「生存力」を・・そう考えていました。

なので概ねではゆとり教育には賛成でしたが、いかんせん中身が無さ過ぎる改革でした。「授業時間を減らせば=で思考力や常識が身につく」・・・これはありえません。
当然の理屈です。
結果、ご存知のとおり学力(これが何なのかは知らないが)はさらに低下し、成果は全く現れず、見当ハズレに終わりました。これも当然の理屈です。
そもそも短絡的。税の無駄遣いを是正し無駄な公共事業を控え、学校数や教員を増やし指導要領やセンター試験などから抜本的に見直せばよかったのです。
「あの」行政はそこまではできなかったでしょうけど・・。今もあの時もこれからも。

教員の免許更新制度や評価制度で「教員の、教育の質が上がる」成果主義、競争主義を取り入れ「学校の質を上げる」という一連の考え方でも分かりますが要は無為無策で
「私たちは仕事してますよ」とアピールするための下らない政策です。
今となっては茶番、八百長だったとまで思えます・・。「ほら!学力下がったでしょ」とね。反動を利用して逆方向に持っていく・・昔よりも。
このように現実、子供たちを取り巻く環境はなんら改善されず、授業増により現場の教職員も子供たちもゆとり以前を上回るパニックと負担を強いられているので
私はどちらかというとこの動きには反対です。
これではわが国の教育は近いうちに破綻します。教育の破綻はモラルと次代の活力の破綻。人が流れなくなり河は淀み国の滅亡です。

 

2008/10/25 02:13 PM かっぴさん の回答(コメント)

中学生(女)

書き込み総数:13

私は今の世の中の状態なら賛成です。

今から言っても遅いことですが、ゆとり教育など元々やらなければよかったのにと思います。
「ゆとり教育」と言っていますが、全然「ゆとり」じゃないじゃないですか。授業数が増えてしまえばそれだけ私たち学生への負担は多くなるだけです。

いまは授業が追いつかない。それだから授業数が増えても仕方ない。そう思いますが、もっと違うやり方があるかも知れません。
昔みたいに土曜日を復活せせればいいのでは?と思います。

学力低下はわたしたち学生の問題だけではないと思います。教える側にも責任があると思います。この問題についてはみんなで立ち向かっていかないと解決出来ないと思います。

 

2008/10/26 03:03 PM 派遣さん の回答(コメント)

中学生(男)

書き込み総数:6

こんにちは。派遣です!!
僕は、ゆとり教育には反対です。
 理由授業を増加すると教科書が厚くなる為その分、お金もかかってしまうからです。
また小中学校の教科書は税金で買っているため、現在小中学校の生徒は払わなくてよいけれど、厚さも変わってしまったらそのぶん、ばくだいな金額になるため税金の金額が高くなったり国の借金がもっと増えてしまうため、その金額を少しでも減らすために僕は、反対です。

 

2008/11/03 11:54 AM kouppraさん の回答(コメント)

高校生(女)

書き込み総数:2

私は授業時間を増加することに反対です。
教育実習生に毎年聞いていることなのですが、
「先生たちが一番嫌いな教科はなんですか」というと、
文系の先生は「数学・理科」理系の先生は「英語と公民」と答える方が多いと感じます。
ところが、嫌いなわけを聞くとどちらの先生も「難しいから」と答えます。
私はそのことに学力の低下を覚えるのです。
理由は、安易に「難しい」から「嫌い」と認識してしまう事からです。
学力は「学ぶ力だ」と一般に言われています。
ですが、学ぶとは考えることで身につくと習ってきているはずなのに実践に移せない。
「勉強」と「学習」を混同して考えている人たちが多いからではないでしょうか。
私はそのような人たちから学力の低下を唱えられたくありません。
考えることを意識した授業が日本で定着しないのは、教えている側が考えることを意識して授業に臨んでいないからではないかと思います。

 

2008/11/12 09:01 PM totoronさん の回答(コメント)

totoron さんの仕事白書
( 経営コンサルタント )

書き込み総数:1

時間増、賛成です。

ただ、時間を増やして内容を増やすのではなく、考える時間を与えてほしいと思います。
問題の解き方ではなく、「これが解けると何ができるのか?」を教える先生が増えてほしいと思います。

 

2008/11/22 08:35 PM パズルトさん の回答(コメント)

中学生(男)

書き込み総数:1

  授業時間が増えることに賛成です。                     今の日本の学力は、世界の国々と比べると年々ランクが下がってきています。    これの原因は、ゆとり教育によるものと考えています。              このままでは、日本は今までの大人が作り上げてきた日本の技術が徐々に失われていくかもしれません。そのためにも一刻も早く今の教育現場を変えていくべきです。   今僕たち中学生がいろいろな常識や知識を知らないでいたら、もう後世の子供たちにはそれを伝えることができません。日本の未来は非常識な人が増えていくことになるとおもいます。  

 

2008/11/24 07:48 PM cloverさん の回答(コメント)

中学生(女)

書き込み総数:4

私は反対です。
学力が低下したからといって、勉強の時間を増やすというのはちょっと考え方が、
幼稚な気がします。
「今ある時間でどのくらい、いい授業にするか」が重要だと思います。
要は「量より質」ですね。

しかも最近は家庭科や技術など技能教科の授業が減ってきた、と思います。
私、思うのですが将来、「役に立つ」というものは技能教科ではないのでしょうか?

学力が低いといって国語や数学などばっかり、増やすのは、息も詰まるし・・
正直あきます。

 

2008/11/25 10:03 PM ナナオネさん の回答(コメント)

中学生(女)

書き込み総数:3

こんにちは!ナナオネです。
今回で2回目となりました。さて、本題に入っていきたいと思います。そうですね・・・。たしかに、ゆとり教育で日本の学力が下がってきているのには、問題だと思います。やはり、日本はゆとり教育を、めるべきじゃないでしょうか?
たしかに、実は私、中学1年ですが私が受験生の時に、ゆとり教育ではなくなっていて、試験の問題も難しくなっていたらかなりの不安はありますが、その代わりに沢山の知識を学ぶ事になり、将来にも役立つと思います。それに、私たちのお母さん達は、ゆとり教育じゃなかったので、当然今より、難しい知識を得ていたのに違いはありません。だったら、今の世代の私達も、難問などをこなしていかなければいけないのではありませんか?と私は思います。

 
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