Keiさん
[
建築家/
フリーランス(個人事業)]
好奇心が爆発して、一日に10冊くらい本を読んだり10時間以上議論し続けたります。




- 「言葉によるセッション」が行われるサロン/ギャラリー/学びの「場」を創っています。
会社から、飲食店、美術館や大学などの教育機関に至るまで、クライアントが求めているコミュニケーションの質を見抜き、あり得る形の新しい「場」を空間デザインからプログラム、具体的運営方法や場合によっては経営効果に至るまで提案します。
もちろん、人と人の対話性を重視した住宅を設計することも日常的に行っています。
一方で、そうした対話の空間の中から生まれて来たいろいろな思想を本として主に英語で展開しています。なので自分の中では自分が建築家であるのか、建築を素材とした作家なのか、その区別は曖昧です。
物質としての建築や空間は有限で、その限界に挑戦することがおもしろい。言葉や思想は無限だけど、いつまでも自分は既存の枠に捉われていて奥が深い。人とのつながりは瞬間で、とても嬉しいけどまたすぐには消え去り、だからこそ何にも変え難くて。それらのどれもを本当に大切に思っています。

- ここにずっといたい!っていう空間を作ることにずっと飢えに近い渇望があった。単なる騒いで終わりな享楽空間じゃなくて、本当に自分が相手とつながれた、とか社会あるいは未来が見えた、という感覚が抱かれるコミュニケーションの空間。そんな場所って、とてもシンプルなのにほとんどみつからない。
自分がどうしようもなく傷つく時も、最高だっていう歓喜を感じるのも、常にそれは自分がそこにいた「場」によって大きく影響されていた。自分が「誰」であるかってことばかりが気にされる日常のさもしい社交的な関わりを抜けて、自分が今「何」をどう感じ考えているか、小さな見栄も矮小な偏見もおしとやかな遠慮も全部捨てて、相手への興味と礼儀だけを残して互いの思いをぶつけ深め合える場。その中でお互いを深め合い成長し合える場って何だろう、どうしたらそれって創れるんだろう、と問い続けた結果至ったのがこの職業。
僕はずっとそうした「場作り」にどういうプログラムを作るかっていう「ソフト」の観点から関わっていたけど、それをじゃあ生きていくための仕事として達成しようとした時に、建築という「ハード」を作る技術、つまり自分の関心であるソフトを最大に活かせる視野を持てば、世界どこに行っても手に職として生きていけると思ったから、その瞬間には海外の大学院に留学していた。
ビジネスのフィールドで働いた経験も活かして、今は自分の信頼できるデザイナーと共にマネージメントとプロデュースの視点から意味ある言論空間を創り続けています。

- 創り手でもあるけど、同時に「プレーヤー」でいられること。自分自身がコミュニケーションの空間をプロデュースする中で、いつまでもその渦中に身を置き続けられることが本当に最高。
僕は自分の見るもの、出会う人に絶対に枠を限定して安住したくなかった。どんな職業でも、どこから来た人間でも、どんな変てこなアイデアを持っていようとも、共に語ろう、無形有形で何かを創ろうという部分でさえ共通できる相手とだったら最高に創造的な時間を過ごせる。逆にどれだけの肩書きを持っていようと、自分で考えることや感じることを放棄した人は何の魅力も感じません。
僕は毎日変化をやめない刺激的な環境で、新しい人間との深い対話とそこから生まれる創発があれば他に特に何もいらないから、この「飽きようがない仕事」は本当におもしろいです。基本的に自分のコアから離れたことは絶対にやらないから、「苦労」という感覚がありません。あと、型にハマらないなんだか名前のつかないよくわからない仕事って部分も魅力かな。自分を固定的な職業名一言で理解された気にはなりたくないから。

- 徹底的に深めよう。相手を、自分を、その二つを取り巻きつなぐこの環境を。まずは、半径2メートルから始めよう。それが気付くと自分の持つ人とのリンクの中で、偽りのない「世界」というものと必ずつながるから。


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